小論文

2005年12月30日 日常
もし両手か両足を失うとしたら、どちらの方がいいですか。理由も含めて自由に論じなさい。


これは、数年前に福井医科大学で小論文の問題として実際に出題された問題である。そして、様々な物議を醸し出した問題である。

この問題が非難されたのは「身体障害者に対する配慮が足りないため」であることは自明だが、この問題は医者に必要な問いを含んでると思う。

僕は医者でも医学生でもないので具体的な感覚を正確に掴むことはできないからどうしても推量的な言い方になってしまうけど、人体を解剖するという作業は人体をモノとしてみることだと思う。そして、医者になるためには人体を「生命維持などの目的を持ったある種のモノ」として見るようにする訓練を受けなければいけないと思う。

それは、ほとんどの人が自分と同じヒトという生物を切開したりその器官の一部を切除することに耐えうる神経を持っていないからで、その板ばさみの感情を処理するために人体をモノと同一視するという手段が用いられるのだろう。

しかし、医者がどう意識しようと人体は単純なモノではなく、生命に対して特定の役割を果たすし、異変があれば痛みも感じる。そこで、人体をモノとみなしつつもそれがモノではないことを意識しなければならないという究極のジレンマが発生する。

この問題は、医者として「人体をモノとして考える」的な発想を訓練される前に人体に対してどういう意識を持っているか問う、いい問題だと思う。現在の医療は人体をモノとして考えなければ成立しない段階にあるとは思うが、そのような状況の中でも医者と患者の間の意識のギャップはできるだけ小さくあって欲しい。

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