演繹的に考える、帰納的に好きになる
2010年10月29日 読書寒いですね。とにかく。
通気性のいいスニーカーを買った瞬間、この天気になりやがりまして、おそらく来年まで封印です。
どうしてくれるんだこの。
さて、なるだけ毎週書いていくつもりだった日記も、これだけ間隔が空いてしまえば、「毎週書いていくつもり」なんていう言葉に誠実さが微塵も感じられないですね。笑
舞台の上に上がるイベントが終わってからは、雑事に追われて結構あわただしく過ごしています。
その原因は詰め込み教育にあるのですが。
課題として出されていたレポートを書き上げたら、なんと138枚になりました。
138枚って。
たぶん、今までの課題の中で一番書いてると思います。
文字数に換算すると、400字詰めの原稿用紙で100枚に行くのではないか、という感じです。短編小説どころか中編小説が書ける文字数です。
書く内容が違ってたら、文豪ですな。
来週に軽く校正して提出できたらなー、と思っています。
で、問題なのはレポートだけではなく。
テスト。テスト。テスト。。。
流石にテスト勉強の方法論とかバックグラウンドの知識は指数関数的に習得しているものの、やっぱり暗記量が多いのがしんどい。
しかもこの短期間で覚えても、就職するころには絶対忘れているに違いない。
とまあ、こんな感じで毎日過ごしています。
ただ、主体的に取り組むようなイベントが終わった今、勉強をしてない時間は本当に無な感じです。
例えば平日の夜、部屋で勉強していてアタマが煮詰まったあとのふとした一瞬。
そんな瞬間には、本当に無な感じになったのを感じてしまいます。
何かワクワクするような物事が進んでいると、きっとこの一瞬はなくなっていくんだろう。
ワクワクするような出来事を望む一方で、この一瞬の感覚も大切にしていかなければなー。
話は変わるけど、
同じ人と接する時間が長くなると、関係はどうであれ(つまり恋愛に限った話ではなく)、相手がどういうことを考えているのか直感的に分かるようになる気がしませんか?
そもそも直感というものが過去の無数の試行のなかからそれらしいパターンを無意識のうちに拾ってきているのだとしても、なんとなく、分かったりするような気がします。
なんだけど、考え方は分かっても、好みというのは案外分からなかったりする。
例えば、すごい仲のいい友達と初めてお寿司を食べに行って(ということは今までなんとなく寿司を食べる機会がなくて)、いざ食べようとしたらウニが全然好きじゃなかったりとか。
この、考え方と好み方の違いに説明をつけようとすると。おそらく、
考え方というのは性格とか物事をとらえるアルゴリズムみたいなのが頭の中にあって、そこから演繹的に組みあがってるからで、好みというのはもの一つ一つに好きとか嫌いとか、そういう価値が付与されることで好き嫌い全体が帰納的に形成されてるのでは、と思う。
心理学的には、子供のころ、叱られたりとか嫌な思い出とリンクしている食べ物は嫌いになるとよく聞くけど。
大脳のシナプスの大まかな位置関係は幼年期にだいたい固定されてしまうんだけど、その後も少しずつ切断、接続されているのに対応するのだろうか。
エビデンスはない。
でも、そう思い込むことで、たとえば性格を変えようと思って、捉えようのない問題にひたすら取り組もうと悶着するよりは、一つ一つの好き嫌いの原因を考えたり、小さなポイントポイントで変わっていくことで、今までよりもすっきりした気持ちで生きることができるのかもしれないですね。
なんだか脱線していくばかりなので、今日はこの辺で。
通気性のいいスニーカーを買った瞬間、この天気になりやがりまして、おそらく来年まで封印です。
どうしてくれるんだこの。
さて、なるだけ毎週書いていくつもりだった日記も、これだけ間隔が空いてしまえば、「毎週書いていくつもり」なんていう言葉に誠実さが微塵も感じられないですね。笑
舞台の上に上がるイベントが終わってからは、雑事に追われて結構あわただしく過ごしています。
その原因は詰め込み教育にあるのですが。
課題として出されていたレポートを書き上げたら、なんと138枚になりました。
138枚って。
たぶん、今までの課題の中で一番書いてると思います。
文字数に換算すると、400字詰めの原稿用紙で100枚に行くのではないか、という感じです。短編小説どころか中編小説が書ける文字数です。
書く内容が違ってたら、文豪ですな。
来週に軽く校正して提出できたらなー、と思っています。
で、問題なのはレポートだけではなく。
テスト。テスト。テスト。。。
流石にテスト勉強の方法論とかバックグラウンドの知識は指数関数的に習得しているものの、やっぱり暗記量が多いのがしんどい。
しかもこの短期間で覚えても、就職するころには絶対忘れているに違いない。
とまあ、こんな感じで毎日過ごしています。
ただ、主体的に取り組むようなイベントが終わった今、勉強をしてない時間は本当に無な感じです。
例えば平日の夜、部屋で勉強していてアタマが煮詰まったあとのふとした一瞬。
そんな瞬間には、本当に無な感じになったのを感じてしまいます。
何かワクワクするような物事が進んでいると、きっとこの一瞬はなくなっていくんだろう。
ワクワクするような出来事を望む一方で、この一瞬の感覚も大切にしていかなければなー。
話は変わるけど、
同じ人と接する時間が長くなると、関係はどうであれ(つまり恋愛に限った話ではなく)、相手がどういうことを考えているのか直感的に分かるようになる気がしませんか?
そもそも直感というものが過去の無数の試行のなかからそれらしいパターンを無意識のうちに拾ってきているのだとしても、なんとなく、分かったりするような気がします。
なんだけど、考え方は分かっても、好みというのは案外分からなかったりする。
例えば、すごい仲のいい友達と初めてお寿司を食べに行って(ということは今までなんとなく寿司を食べる機会がなくて)、いざ食べようとしたらウニが全然好きじゃなかったりとか。
この、考え方と好み方の違いに説明をつけようとすると。おそらく、
考え方というのは性格とか物事をとらえるアルゴリズムみたいなのが頭の中にあって、そこから演繹的に組みあがってるからで、好みというのはもの一つ一つに好きとか嫌いとか、そういう価値が付与されることで好き嫌い全体が帰納的に形成されてるのでは、と思う。
心理学的には、子供のころ、叱られたりとか嫌な思い出とリンクしている食べ物は嫌いになるとよく聞くけど。
大脳のシナプスの大まかな位置関係は幼年期にだいたい固定されてしまうんだけど、その後も少しずつ切断、接続されているのに対応するのだろうか。
エビデンスはない。
でも、そう思い込むことで、たとえば性格を変えようと思って、捉えようのない問題にひたすら取り組もうと悶着するよりは、一つ一つの好き嫌いの原因を考えたり、小さなポイントポイントで変わっていくことで、今までよりもすっきりした気持ちで生きることができるのかもしれないですね。
なんだか脱線していくばかりなので、今日はこの辺で。
更新に時間が空いてしまいました。
二つ、大きな山場があって忙しかったのもあるんだけど、とうとう家のパソコン(2002年購入)が死亡して、ノートパソコンを買いに行ったり、ネットをつなごうとして結局まだつながっていなかったりと色々な事情があって日記を書いているどころじゃなかったのが実情です。
前回の日記に書いた現役最後の公演は無事千秋楽まで終わり、設営も全部解体されました。
後輩が演出をしていて、尺は長かったけど全力投球できたようでした。
「へいへーい」とか言いながら遠くから見てたり、音響関係の備品を色々組み合わせて試行錯誤してるだけだったけど、後輩の役者たちが演劇を楽しんでるのを見れただけで満足です。
最後の片付けの時、徹夜でPARとかCSQ(燈体)の点検をしているとき、ふっと「もうこうやってこの備品をいじることもないんだなー」って感じたとき、自分のこのサークルでの生活は終わったんだなと実感しました。
小空間(小屋)で迎える朝もこれで最後なんだなんて。
もう一つ、この前の土曜日は自分がコンサートマスターをやっていた演奏会が終わりました。
企画は実に1年半かかり、150人以上の団員を巻き込んだ大演奏会でした。
その10倍に届きそうな数のお客さんに恵まれた、幸せな演奏会でした。
プログラムはベートーベンの第九。
最後の1週間は毎日うなされるぐらい大変でした。
本番前最後の一日は、何も手につかず、学校の図書館で半日ぼーっとして、午後になったら友達と学校の近くの喫茶店でパフェを食べてGPまで気を紛らわせました。
本番も最初の方はかなり緊張してしました。
けれど、2楽章のあるフレーズから自分の中の何かがふっと紐解けてゆるんでいったのを感じました。
宇宙の創生の中に雷鳴が響くかのような1楽章、ティンパニがリードして快活に弾む2楽章、心の中にふっと現れたかのような安寧の3楽章、それらを推敲するようにして全く違った歓喜のメロディーにたどり着く4楽章。
フーガ形式があんなに尊いものだとは、恥ずかしながら、第九をやるまで知りませんでした。2重フーガは2倍尊いです。
聴きに来てくれた人の心をノックできるような演奏がしたかったけど、ソリストの方々、合唱団とオケのメンバー、指揮者の先生、そして運営陣の力を借りて、やっとそれが叶った気がします。
叶ってくれているといいな。
実はその後、エキストラで参加させていただいている演奏会があって、そっちにもお邪魔させて頂いていた関係で、飲み会に参加できたのは24時30分ごろでした。
終電もなくなる時間です。
100人近くの人が集まった最初の打ち上げは終わり、1次会に出られなかった人と運営に携わったコアなメンバーだけが残る濃い打ち上げでした。
着いた時には僕を含めみんながいい感じに酔っぱらっていました。
店を追い出されるまで飲んで、家で2時間仮眠をとってから用事を済ませ、再び家に戻ると日曜の午後4時でした。
なにげなしにテレビをつけてみたら、ゴルフの中継をやっていました。
それは日本のどこにでもあるような日曜日のテレビだったんだけど、その閑散とした雰囲気に触れた瞬間、自分の中で何かが決壊しました。
その時になって、やっと1年半がかりの大きなコンサートは幕を閉じたんだと気づきました。
2時間で終わってしまうのが勿体ない、楽しい本番でした。
ありがとうございます。
二つ、大きな山場があって忙しかったのもあるんだけど、とうとう家のパソコン(2002年購入)が死亡して、ノートパソコンを買いに行ったり、ネットをつなごうとして結局まだつながっていなかったりと色々な事情があって日記を書いているどころじゃなかったのが実情です。
前回の日記に書いた現役最後の公演は無事千秋楽まで終わり、設営も全部解体されました。
後輩が演出をしていて、尺は長かったけど全力投球できたようでした。
「へいへーい」とか言いながら遠くから見てたり、音響関係の備品を色々組み合わせて試行錯誤してるだけだったけど、後輩の役者たちが演劇を楽しんでるのを見れただけで満足です。
最後の片付けの時、徹夜でPARとかCSQ(燈体)の点検をしているとき、ふっと「もうこうやってこの備品をいじることもないんだなー」って感じたとき、自分のこのサークルでの生活は終わったんだなと実感しました。
小空間(小屋)で迎える朝もこれで最後なんだなんて。
もう一つ、この前の土曜日は自分がコンサートマスターをやっていた演奏会が終わりました。
企画は実に1年半かかり、150人以上の団員を巻き込んだ大演奏会でした。
その10倍に届きそうな数のお客さんに恵まれた、幸せな演奏会でした。
プログラムはベートーベンの第九。
最後の1週間は毎日うなされるぐらい大変でした。
本番前最後の一日は、何も手につかず、学校の図書館で半日ぼーっとして、午後になったら友達と学校の近くの喫茶店でパフェを食べてGPまで気を紛らわせました。
本番も最初の方はかなり緊張してしました。
けれど、2楽章のあるフレーズから自分の中の何かがふっと紐解けてゆるんでいったのを感じました。
宇宙の創生の中に雷鳴が響くかのような1楽章、ティンパニがリードして快活に弾む2楽章、心の中にふっと現れたかのような安寧の3楽章、それらを推敲するようにして全く違った歓喜のメロディーにたどり着く4楽章。
フーガ形式があんなに尊いものだとは、恥ずかしながら、第九をやるまで知りませんでした。2重フーガは2倍尊いです。
聴きに来てくれた人の心をノックできるような演奏がしたかったけど、ソリストの方々、合唱団とオケのメンバー、指揮者の先生、そして運営陣の力を借りて、やっとそれが叶った気がします。
叶ってくれているといいな。
実はその後、エキストラで参加させていただいている演奏会があって、そっちにもお邪魔させて頂いていた関係で、飲み会に参加できたのは24時30分ごろでした。
終電もなくなる時間です。
100人近くの人が集まった最初の打ち上げは終わり、1次会に出られなかった人と運営に携わったコアなメンバーだけが残る濃い打ち上げでした。
着いた時には僕を含めみんながいい感じに酔っぱらっていました。
店を追い出されるまで飲んで、家で2時間仮眠をとってから用事を済ませ、再び家に戻ると日曜の午後4時でした。
なにげなしにテレビをつけてみたら、ゴルフの中継をやっていました。
それは日本のどこにでもあるような日曜日のテレビだったんだけど、その閑散とした雰囲気に触れた瞬間、自分の中で何かが決壊しました。
その時になって、やっと1年半がかりの大きなコンサートは幕を閉じたんだと気づきました。
2時間で終わってしまうのが勿体ない、楽しい本番でした。
ありがとうございます。
よりよく勉強するために
2010年9月28日 読書久しぶりに繁盛を極めています。ああいそがし。
自分が所属している劇団が昨日からハコを借りて設営、公演を始めようとしているので、てんてこ舞いなのです。今年から別キャンパスになったから全然参加はしていないんだけど、小屋入りしてからの作業は手伝いました。
受け持ちが音響設営だからひたすらスピーカーをコードで繋いでるけど、トラブルしか起きていません。
今日は後輩とひたすら備品のアンプに悪態をついていました。
ステレオ入力、モノラル入力の端子を切り替えたり、蓋を開けて基盤を点検しても、うんともすんともいわないので、一回落ち着いてから改めて対策方法を考えることに。
もし相手が古いブラウン管テレビだったら10回ぐらいチョップしてるとこです。
そんな中で、近日中に演奏会を2つ控え、部内演とか実習の発表プレゼンが重なっている状態だと、頭が沸騰しそうになります。
そして追い討ちのように明日から始まる新しい授業。
どう見ても死亡フラグです。
そういう環境にあったりして、最近、勉強の仕方を見直してます。
受験勉強の時は主に
1. 24時間勉強する。3倍,4倍,5倍勉強する奴、それが天才だ(野口英世)
2. 手を動かして頭を使って演習を中心にする
3. 結果を出さなきゃいけないところにピークを持ってく(2ヶ月単位ぐらいで)
ということに重きを置いていたんだけど、医学部に入ってからの勉強はちょっとタイプが違うので、少しずつ変化してきました。
イチローのバッティングのように変化していればいいですが、その境地にはまだまだ達しそうにありません。
受験生(特に浪人生)の頃のように、24時間勉強するわけにもいかないのが難しいところです。
そもそも集中力が持たないし、人付き合いとかもあれば、バイトをして生活費をやりくりしたり家事をしなければいけないという状況も出ます。
また、勉強だけが必要というわけではないから、時間の使い方はおのずと変わりました。
ただ、根幹になる部分は変わらなくて、
1. 結果に焦点をあて、成果に注目する。結局評価されるのは結果だけである。
2. 自分をきちんとコントロールすること。
3. 目標を見失わない。妥協するのは簡単だけど、簡単に諦めてはいけない。
そういうところはきっとそのまんまです。
いちばん特徴的なところを3つ抜き出すと、
1. 技術的であることを厭わない。よいものを適切に見極めて組み入れる。
2. インプット命。何を覚えているか、覚えていないかで全てが決まる。
3. いろんな媒体を使ったりして、勉強する機会を増やす。
「良いやり方があったらそれを真似しよう」と言い換えてみたら1.はものすごく当たり前です。
当たり前なんですが、これはすごく重要。
勉強をしているうちに知らず知らずのうちにバイアスが形成されて、自分のやり方と違うものを拒絶しがちになってしまうから、そこで謙虚になる勇気を持つべきだと思うわけです。
積み上げてきたものが大きいほど大変だけど、そこで謙虚になれないとなかなか前に進めない。
自分の気持ちだけを信じて強く進むことよりも、技術的に問題を解決することの方がいわゆる勉強では必要なんだと思います。
2.は受験時代とは正反対ですね。発揮できる成果に注目すると、どうしてもアウトプット型の訓練よりも徹底したインプットの方が重要になってきます。
生活習慣の変化に対して、技術的にアプローチすると3.みたいになります。
本当はiPadとかで電車でもどこでも勉強したいけど、金銭的に当分無理なのが悲しいところ。
以上、短期決戦型になれない人のたわごとでした。
勿論、何の勉強かによって勉強の仕方は変わると思うけど。
徹夜でプリント何十枚も覚えてくる人は本当にすごいけど、技術的に真似できないね。
自分が所属している劇団が昨日からハコを借りて設営、公演を始めようとしているので、てんてこ舞いなのです。今年から別キャンパスになったから全然参加はしていないんだけど、小屋入りしてからの作業は手伝いました。
受け持ちが音響設営だからひたすらスピーカーをコードで繋いでるけど、トラブルしか起きていません。
今日は後輩とひたすら備品のアンプに悪態をついていました。
ステレオ入力、モノラル入力の端子を切り替えたり、蓋を開けて基盤を点検しても、うんともすんともいわないので、一回落ち着いてから改めて対策方法を考えることに。
もし相手が古いブラウン管テレビだったら10回ぐらいチョップしてるとこです。
そんな中で、近日中に演奏会を2つ控え、部内演とか実習の発表プレゼンが重なっている状態だと、頭が沸騰しそうになります。
そして追い討ちのように明日から始まる新しい授業。
どう見ても死亡フラグです。
そういう環境にあったりして、最近、勉強の仕方を見直してます。
受験勉強の時は主に
1. 24時間勉強する。3倍,4倍,5倍勉強する奴、それが天才だ(野口英世)
2. 手を動かして頭を使って演習を中心にする
3. 結果を出さなきゃいけないところにピークを持ってく(2ヶ月単位ぐらいで)
ということに重きを置いていたんだけど、医学部に入ってからの勉強はちょっとタイプが違うので、少しずつ変化してきました。
イチローのバッティングのように変化していればいいですが、その境地にはまだまだ達しそうにありません。
受験生(特に浪人生)の頃のように、24時間勉強するわけにもいかないのが難しいところです。
そもそも集中力が持たないし、人付き合いとかもあれば、バイトをして生活費をやりくりしたり家事をしなければいけないという状況も出ます。
また、勉強だけが必要というわけではないから、時間の使い方はおのずと変わりました。
ただ、根幹になる部分は変わらなくて、
1. 結果に焦点をあて、成果に注目する。結局評価されるのは結果だけである。
2. 自分をきちんとコントロールすること。
3. 目標を見失わない。妥協するのは簡単だけど、簡単に諦めてはいけない。
そういうところはきっとそのまんまです。
いちばん特徴的なところを3つ抜き出すと、
1. 技術的であることを厭わない。よいものを適切に見極めて組み入れる。
2. インプット命。何を覚えているか、覚えていないかで全てが決まる。
3. いろんな媒体を使ったりして、勉強する機会を増やす。
「良いやり方があったらそれを真似しよう」と言い換えてみたら1.はものすごく当たり前です。
当たり前なんですが、これはすごく重要。
勉強をしているうちに知らず知らずのうちにバイアスが形成されて、自分のやり方と違うものを拒絶しがちになってしまうから、そこで謙虚になる勇気を持つべきだと思うわけです。
積み上げてきたものが大きいほど大変だけど、そこで謙虚になれないとなかなか前に進めない。
自分の気持ちだけを信じて強く進むことよりも、技術的に問題を解決することの方がいわゆる勉強では必要なんだと思います。
2.は受験時代とは正反対ですね。発揮できる成果に注目すると、どうしてもアウトプット型の訓練よりも徹底したインプットの方が重要になってきます。
生活習慣の変化に対して、技術的にアプローチすると3.みたいになります。
本当はiPadとかで電車でもどこでも勉強したいけど、金銭的に当分無理なのが悲しいところ。
以上、短期決戦型になれない人のたわごとでした。
勿論、何の勉強かによって勉強の仕方は変わると思うけど。
徹夜でプリント何十枚も覚えてくる人は本当にすごいけど、技術的に真似できないね。
Brugada症候群
2010年9月21日 読書学科の先輩が亡くなりました。
その人とは特別接する機会が多かったわけではないのですが、部活の新歓でお話を伺ったり、ゼミ形式の授業で5回ぐらい行った研究室に在籍していた関係で、同じ代の他の人よりはお話する機会が多い先輩でした。
ちょっと前に、授業時間の一部を先生からもらって僕ら向けに講義もして下さったのですが、その時の話によると、海外の有名な大学に短期留学してきたところで、これから院に行って研究者としてのキャリアを歩んでいくところだったそうです。
勿論ですが、かなり頭の切れる方でした。
名前をgoogleで検索してみると、彼がアルバイトしていた予備校のホームページが出てきて、ある科目は偏差値90を切ることがなかったと紹介されています。
個人的な思い入れを斟酌しても、日本にとって大きな損失だといってしまっても過言ではないと思います。
若年の急性の心臓病のリスクは圧倒的に女性よりも男性の方が高いそうです。
そのような病態の一つにBrugada症候群があります。
発症すると心室細動を起こし、失神、多くの場合死亡に至るそうです。
この病気自体は1992年に報告されたものですが、日本や東アジアでは1000人に1~2人が遺伝的に発症しやすく、そのほとんど(9割)が男性だそうです。
僕の高校の頃の友達は、同じような病態で突然死しました。
突然お通夜に呼ばれた時の混乱した感じはまだ覚えています。
今でも出棺の時担いだ棺の重さが肩に残っているような気がします。
遺伝的な疾患なら、将来的には未然にリスクを知ることが出来るかもしれないけれど、夜間とかに急に発症してしまったら、どんなに技術を磨いても蘇生することは難しいかもしれません。
どうにもならないことはどうにもならないということを思い知らされるような気持ちです。
あまりに突然だったので信じられなかったのですが、もうお通夜も終わってしまったみたいです。
将来の医学研究をリードしていくんだろうな、と誰もが期待していた素晴らしい先輩でした。
ご冥福をお祈りします。
その人とは特別接する機会が多かったわけではないのですが、部活の新歓でお話を伺ったり、ゼミ形式の授業で5回ぐらい行った研究室に在籍していた関係で、同じ代の他の人よりはお話する機会が多い先輩でした。
ちょっと前に、授業時間の一部を先生からもらって僕ら向けに講義もして下さったのですが、その時の話によると、海外の有名な大学に短期留学してきたところで、これから院に行って研究者としてのキャリアを歩んでいくところだったそうです。
勿論ですが、かなり頭の切れる方でした。
名前をgoogleで検索してみると、彼がアルバイトしていた予備校のホームページが出てきて、ある科目は偏差値90を切ることがなかったと紹介されています。
個人的な思い入れを斟酌しても、日本にとって大きな損失だといってしまっても過言ではないと思います。
若年の急性の心臓病のリスクは圧倒的に女性よりも男性の方が高いそうです。
そのような病態の一つにBrugada症候群があります。
発症すると心室細動を起こし、失神、多くの場合死亡に至るそうです。
この病気自体は1992年に報告されたものですが、日本や東アジアでは1000人に1~2人が遺伝的に発症しやすく、そのほとんど(9割)が男性だそうです。
僕の高校の頃の友達は、同じような病態で突然死しました。
突然お通夜に呼ばれた時の混乱した感じはまだ覚えています。
今でも出棺の時担いだ棺の重さが肩に残っているような気がします。
遺伝的な疾患なら、将来的には未然にリスクを知ることが出来るかもしれないけれど、夜間とかに急に発症してしまったら、どんなに技術を磨いても蘇生することは難しいかもしれません。
どうにもならないことはどうにもならないということを思い知らされるような気持ちです。
あまりに突然だったので信じられなかったのですが、もうお通夜も終わってしまったみたいです。
将来の医学研究をリードしていくんだろうな、と誰もが期待していた素晴らしい先輩でした。
ご冥福をお祈りします。
最近の義務教育では、9月になる前から学校が始まるらしいですね。
週休2日のしわ寄せらしいのがなんとも。
そもそも週休2日ってどうなんだろう。
小学生とかの視点で見たら、土曜日がまる一日空いても微妙なんじゃないかな。
それよりも、学校に行って友達とわいわいやって、その流れで午後も遊びに行ったり、もしくはそこからクラブチームなりお稽古事に行った方が楽しいような気がする。
ということを考えてしまうのは、高校1年の頃は土曜日の授業があったのに、2,3年になって週休二日制じゃなくなった思い出によるところが大きい。
ちょうど過渡期だったから、土曜日は2コマで、その代わり金曜の1限とか午後のコマが減ってました。
2年に上がって、土曜の授業がなくなっても部活の練習が増えるから学校に行くのは変わりがなかったし、何より完全な週休二日制のせいで夏休みが半月短くなるというのは納得いかなかった。
ちなみに、僕も28日から学校でした。
土曜日にいきなり試験があって、そこから毎日学校です。
かなりの時間の授業を消化していて気付くのは、実際に行うのが一番勉強になるんだなー、ということです。実習みたいに。
基礎医学といえども。実験に限らず。
そのためには少人数のグループで勉強するのがよいんだけど、そのグループごとに教えてくれる人がいないといけないから実践できないんだろな、と。
ある程度知識レベルを分かりながら教えられるというのは、教える側にとっても労力の節約につながる。
学生同士が勝手に話し合って知識を共有すればそもそも教える量自体減るし。
まあ、どんなメリットがあってもお金とかスタッフが足りない限り実現することもないだろうね。
週休2日のしわ寄せらしいのがなんとも。
そもそも週休2日ってどうなんだろう。
小学生とかの視点で見たら、土曜日がまる一日空いても微妙なんじゃないかな。
それよりも、学校に行って友達とわいわいやって、その流れで午後も遊びに行ったり、もしくはそこからクラブチームなりお稽古事に行った方が楽しいような気がする。
ということを考えてしまうのは、高校1年の頃は土曜日の授業があったのに、2,3年になって週休二日制じゃなくなった思い出によるところが大きい。
ちょうど過渡期だったから、土曜日は2コマで、その代わり金曜の1限とか午後のコマが減ってました。
2年に上がって、土曜の授業がなくなっても部活の練習が増えるから学校に行くのは変わりがなかったし、何より完全な週休二日制のせいで夏休みが半月短くなるというのは納得いかなかった。
ちなみに、僕も28日から学校でした。
土曜日にいきなり試験があって、そこから毎日学校です。
かなりの時間の授業を消化していて気付くのは、実際に行うのが一番勉強になるんだなー、ということです。実習みたいに。
基礎医学といえども。実験に限らず。
そのためには少人数のグループで勉強するのがよいんだけど、そのグループごとに教えてくれる人がいないといけないから実践できないんだろな、と。
ある程度知識レベルを分かりながら教えられるというのは、教える側にとっても労力の節約につながる。
学生同士が勝手に話し合って知識を共有すればそもそも教える量自体減るし。
まあ、どんなメリットがあってもお金とかスタッフが足りない限り実現することもないだろうね。
努力しようのないことははどうにもならないから、努力することが可能なことの中で最大のパフォーマンスを出せるように努力する
みたいなことを松井秀喜が書いていた気がするけど、本当にそうなんだよなー、っていう実感が今になってじわじわとする。
悩んでも仕方がなくて、考えなきゃいけない。
考える。
そして答えを出して、とりあえずぶつからないことには意味がない。
でも悩んでいる時間も無駄ではなかったと思う。
悩んでいなければ分からなかったから。
書きたいことはたくさんあるのだけど、なかなか言葉が出てこない。
みたいなことを松井秀喜が書いていた気がするけど、本当にそうなんだよなー、っていう実感が今になってじわじわとする。
悩んでも仕方がなくて、考えなきゃいけない。
考える。
そして答えを出して、とりあえずぶつからないことには意味がない。
でも悩んでいる時間も無駄ではなかったと思う。
悩んでいなければ分からなかったから。
書きたいことはたくさんあるのだけど、なかなか言葉が出てこない。
0日目
解剖の試験終わったみんなで飲み会。
1次会ではイケメンいじりが横行した。
医学部イケメン多し。ってかイケメンで秀才が多すぎる・・・。
2次会では1リットルのビールが3本登場した。
1日目
6時ぐらいに出発して名古屋へ。やばとんで昼。
そのまま伊勢神宮、外宮を見に行く。
伊勢市なんもなくてワロタ
4500円のビジネスホテルに泊まる
2日目
雨の中伊勢神宮、内宮を見る。
見終わったころに雨は止んだので、思いつきで法隆寺を見に行こうとしたらまた雨が降り出した。
やけくそで斑鳩神社を見に行く。
大阪に着いて阪大の知り合いとたこやきを食べる。
3900円朝食付きのビジネスホテルに泊まる
3日目
ニートだった劇団の知り合いと難波に行く。
今はニートじゃなくて社なんとか士らしい。
東京だとぐったりしてたが大阪だと元気だった。
たこ焼きをおごってくれた。
別れて広島まで移動して原爆ドームを見て、平和公園の近くでお好み焼きを食べる。
2400円のユースホステルに泊まる
ユースホステル山の中にあったんだけど、行く途中、気付いたら周りが墓だったというw
4日目
始バスで広島駅に行って安芸の宮島、厳島神社を見てくる。
鹿多すぎ。
焼き牡蠣がおいしかった。
その後、広島を出て三宮に移動。
ハーブ園から見る夜景がいいらしいので夜景を眺める。
それから元町中華街、港を見てきた。
3200円のカプセルホテルに泊まる
5日目
京都へ移動して鈴虫寺、清水寺、伏見稲荷に行ってきた。
都路里であんみつを食べた。(実は辻利とどっちに行くか結構迷った)
合流する予定だった友達が出雲大社に行ったまま戻って来れなくなったので、一人で鴨川デルタでスミノフとビールを飲む。
11時ごろ夜行バスで東京に帰る
楽しかったす。
移動中に読んだ本
オリヴァー・ツイスト(ディケンズ)
闇の奥(コンラッド)
Long Good Bye(R. Chandler)
解剖の試験終わったみんなで飲み会。
1次会ではイケメンいじりが横行した。
医学部イケメン多し。ってかイケメンで秀才が多すぎる・・・。
2次会では1リットルのビールが3本登場した。
1日目
6時ぐらいに出発して名古屋へ。やばとんで昼。
そのまま伊勢神宮、外宮を見に行く。
伊勢市なんもなくてワロタ
4500円のビジネスホテルに泊まる
2日目
雨の中伊勢神宮、内宮を見る。
見終わったころに雨は止んだので、思いつきで法隆寺を見に行こうとしたらまた雨が降り出した。
やけくそで斑鳩神社を見に行く。
大阪に着いて阪大の知り合いとたこやきを食べる。
3900円朝食付きのビジネスホテルに泊まる
3日目
ニートだった劇団の知り合いと難波に行く。
今はニートじゃなくて社なんとか士らしい。
東京だとぐったりしてたが大阪だと元気だった。
たこ焼きをおごってくれた。
別れて広島まで移動して原爆ドームを見て、平和公園の近くでお好み焼きを食べる。
2400円のユースホステルに泊まる
ユースホステル山の中にあったんだけど、行く途中、気付いたら周りが墓だったというw
4日目
始バスで広島駅に行って安芸の宮島、厳島神社を見てくる。
鹿多すぎ。
焼き牡蠣がおいしかった。
その後、広島を出て三宮に移動。
ハーブ園から見る夜景がいいらしいので夜景を眺める。
それから元町中華街、港を見てきた。
3200円のカプセルホテルに泊まる
5日目
京都へ移動して鈴虫寺、清水寺、伏見稲荷に行ってきた。
都路里であんみつを食べた。(実は辻利とどっちに行くか結構迷った)
合流する予定だった友達が出雲大社に行ったまま戻って来れなくなったので、一人で鴨川デルタでスミノフとビールを飲む。
11時ごろ夜行バスで東京に帰る
楽しかったす。
移動中に読んだ本
オリヴァー・ツイスト(ディケンズ)
闇の奥(コンラッド)
Long Good Bye(R. Chandler)
一人旅中。
今日は伊勢神宮と法隆寺を見てきた。
改めて神仏習合の感が強いけど、特に伊勢神宮は神聖な雰囲気であった。
ずぶ濡れになりながらでも楽しめてよかった。
電車の中ではオリヴァー・ツイストをひたすら読んでます。
今日は伊勢神宮と法隆寺を見てきた。
改めて神仏習合の感が強いけど、特に伊勢神宮は神聖な雰囲気であった。
ずぶ濡れになりながらでも楽しめてよかった。
電車の中ではオリヴァー・ツイストをひたすら読んでます。
渋谷BUNKAMURAでやってる風景画展を見てきた。
ストラスブール美術館からの絵画展でした。
古典派からフォービズム、キュビズム時代のものまであったけど、展示数的にもメインはロマン派、印象派だと思う。
特に印象派のものは良かった。
光の描き方がよい。
実習中に
「今日は七夕だ!みんな願い事書こうぜ☆」
みたいなことが書いてあるルーズリーフが回ってきて吹いたw
膝が治りますように
毎日学校が休みになりますように
画面の中に入れますように
等々、なかなかカオスだった。
一方、俺は勝手にヘタレ脱却とか書かれて凹んでた。
ーーーーーーーー
願い事は何ですか?
ストラスブール美術館からの絵画展でした。
古典派からフォービズム、キュビズム時代のものまであったけど、展示数的にもメインはロマン派、印象派だと思う。
特に印象派のものは良かった。
光の描き方がよい。
実習中に
「今日は七夕だ!みんな願い事書こうぜ☆」
みたいなことが書いてあるルーズリーフが回ってきて吹いたw
膝が治りますように
毎日学校が休みになりますように
画面の中に入れますように
等々、なかなかカオスだった。
一方、俺は勝手にヘタレ脱却とか書かれて凹んでた。
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願い事は何ですか?
ザ・ビル・エヴァンス・アルバム+3
2010年7月3日 音楽
タワレコで入荷してた1000円のCDのうちの一枚なんだけど、30年以上前の録音にもかかわらず、数ある最新作を押しのけて週間売り上げ枚数が3位だか4位だったらしい。
勿論持ってるんですが、このアルバムは実際、すごい演奏をしている。
そもそもエヴァンスの電子ピアノ自体聴いたことない人が多いかもしれないけど、リヴァーサイド時代のワルツフォーデビーしか知らない人にとって、このアルバムは後期エヴァンスの入り口になると思う。
そこには、ブラックコーヒーの液面に牛乳を一滴垂らした時に出来る濁りみたいな音色が広がっている。
曲の順番もいい。
Funkallero
The Two Lonely People
Sugar Plum
Waltz for Debby
T.T.T.
Re: Person I Knew
Comrade Conrad
1~4曲目までのしんみりとした流れが好きすぎる。
ボーナストラックの3曲は単体では好きなんだけど、このアルバムにはこの7曲だけで十分。
http://www.youtube.com/watch?v=JOJXKM7L2io
http://www.youtube.com/watch?v=MmLEZkHyfb4
勿論持ってるんですが、このアルバムは実際、すごい演奏をしている。
そもそもエヴァンスの電子ピアノ自体聴いたことない人が多いかもしれないけど、リヴァーサイド時代のワルツフォーデビーしか知らない人にとって、このアルバムは後期エヴァンスの入り口になると思う。
そこには、ブラックコーヒーの液面に牛乳を一滴垂らした時に出来る濁りみたいな音色が広がっている。
曲の順番もいい。
Funkallero
The Two Lonely People
Sugar Plum
Waltz for Debby
T.T.T.
Re: Person I Knew
Comrade Conrad
1~4曲目までのしんみりとした流れが好きすぎる。
ボーナストラックの3曲は単体では好きなんだけど、このアルバムにはこの7曲だけで十分。
http://www.youtube.com/watch?v=JOJXKM7L2io
http://www.youtube.com/watch?v=MmLEZkHyfb4
今日は、高校の時の友達の命日である。
彼のことを思うと、どんなにつらいことがあっても、苦しんでいても、生きていることには感謝しなければいけないと思う。
僕らは、あいつが望んでも生きられなかった来年を生きている。
浪人したから一つ下だった自分の学年は、同じになったんだ。
あいつはずっと20だけど、来年には22の誕生日が待っている。
一緒にバイオリントリオとかやってた頃から、もう5年も経つなんて信じられないな。
今日の音楽は、G線上のアリア(献曲)と迷ったけど、クープランの墓で。
http://www.youtube.com/watch?v=qS_stC9ru7Y
この曲は彼が亡くなった次の週に、彼のいた大学オケで演奏された。
その定期演奏会の様子は今でもありありと覚えている。
小さなお祭りだったらしく、ホールの近くのひらけた場所では色々なビッグバンドがジャズを演奏していた。
海から吹く風を浴びながら。
ラヴェルは作曲家クープランに思いを馳せてこの曲を書くに至ったのだけど、その中には戦争で命を落とした友人達を悼む気持ちや、亡き母への思いが込められている。
色とりどりの花のような管弦のきらびやかさが、切なく響く。
彼のことを思うと、どんなにつらいことがあっても、苦しんでいても、生きていることには感謝しなければいけないと思う。
僕らは、あいつが望んでも生きられなかった来年を生きている。
浪人したから一つ下だった自分の学年は、同じになったんだ。
あいつはずっと20だけど、来年には22の誕生日が待っている。
一緒にバイオリントリオとかやってた頃から、もう5年も経つなんて信じられないな。
今日の音楽は、G線上のアリア(献曲)と迷ったけど、クープランの墓で。
http://www.youtube.com/watch?v=qS_stC9ru7Y
この曲は彼が亡くなった次の週に、彼のいた大学オケで演奏された。
その定期演奏会の様子は今でもありありと覚えている。
小さなお祭りだったらしく、ホールの近くのひらけた場所では色々なビッグバンドがジャズを演奏していた。
海から吹く風を浴びながら。
ラヴェルは作曲家クープランに思いを馳せてこの曲を書くに至ったのだけど、その中には戦争で命を落とした友人達を悼む気持ちや、亡き母への思いが込められている。
色とりどりの花のような管弦のきらびやかさが、切なく響く。
http://www.youtube.com/watch?v=c6pJQYvTMVo
徳永英明のvocalist2が予想以上に良くて、何度も繰り返して聴いている。
歌もいいけど、選曲も素晴らしいな。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それこそ大学に入る前から思っていたことがある。
努力しても必ず報われるとは限らない。しかし、成功したものは須く努力している。
これは今でも正しいと思う。
何かしらで本当に成功しようと思ったら、少なくとも他人の3倍ぐらい努力しないといけないと思う。努力する目的は成功することだと言った方がしっくりくるのかもしれない。
でも、最近、確実にリアリティーを持って感じるのは。
どんなに努力しても、どんなに頑張っても、成功しないということは多々ある。
よく言われている、才能があって、それが伸びる環境があって、そこで努力して、最後にその時の運が巡ってきて成功する、ということを言いたいわけではない。
ちょっとうまく表現できないんだけど。
ただ、そこでもう一つ思うことがあって。
うまくいかなかったとしても、そこでお話は終わってしまうわけではなくて、人生だとか色んなことはまだまだ続いていく。
だからどうしろ、ということではなくて。
単純にそういうことだと思う。単純に。
徳永英明のvocalist2が予想以上に良くて、何度も繰り返して聴いている。
歌もいいけど、選曲も素晴らしいな。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それこそ大学に入る前から思っていたことがある。
努力しても必ず報われるとは限らない。しかし、成功したものは須く努力している。
これは今でも正しいと思う。
何かしらで本当に成功しようと思ったら、少なくとも他人の3倍ぐらい努力しないといけないと思う。努力する目的は成功することだと言った方がしっくりくるのかもしれない。
でも、最近、確実にリアリティーを持って感じるのは。
どんなに努力しても、どんなに頑張っても、成功しないということは多々ある。
よく言われている、才能があって、それが伸びる環境があって、そこで努力して、最後にその時の運が巡ってきて成功する、ということを言いたいわけではない。
ちょっとうまく表現できないんだけど。
ただ、そこでもう一つ思うことがあって。
うまくいかなかったとしても、そこでお話は終わってしまうわけではなくて、人生だとか色んなことはまだまだ続いていく。
だからどうしろ、ということではなくて。
単純にそういうことだと思う。単純に。
今日はすっごい嫌なことがあって、必死に奔走していた後輩の希望が握りつぶされてしまった。
まあ、でも終わったことを話しても仕方がないので、最近読んだ本の中からこれぞというものを紹介します。
「20歳のときに知っておきたかったこと」ティナ・シーリグ
20歳になってない人も、20歳とかはるか昔の人も読むといいと思う。
この人はもともと医学系の研究者なんだけど、スタンフォード大学で経営工学について教えているらしい。
「東大卒の役員が多ければ多いほど、企業の利益が減少する」という統計があって、グラフにするときれいな直線が書けたりする(もちろん例外も多々あるが)らしいんだけど、これがもしスタンフォード卒だったら利益と正比例するんだろうなと思う。
「ザ・グレート・ギャツビー」フランシス・スコット・フィッツジェラルド
名作。
英語で読もうとしたけど難しくて、結局断念して日本語で読んで、また英語で読み直したくなった。
主人公が引っ越してきた先で、隣に毎日色んな人が来てパーティーをしてるんだけど、ある日誘われて行ってみたら主催してるのはギャツビーという男で、という話。
そのギャツビーという男がなんでそんな派手なことをしているのかというと、そこには5年がかりの深い理由があって・・・という話。
ギャツビーの不思議な魅力は今でも心をとらえてやまない。
「孤独と不安のレッスン」鴻上尚史
なんとなくの不安に潰れそうになってる人とか、孤独を抱える人におすすめ。きっと強く生きていける。最後の方に、種田山頭火の俳句があるんだけど、それだけでも読む価値がある。
ではおやすみ。
まあ、でも終わったことを話しても仕方がないので、最近読んだ本の中からこれぞというものを紹介します。
「20歳のときに知っておきたかったこと」ティナ・シーリグ
20歳になってない人も、20歳とかはるか昔の人も読むといいと思う。
この人はもともと医学系の研究者なんだけど、スタンフォード大学で経営工学について教えているらしい。
「東大卒の役員が多ければ多いほど、企業の利益が減少する」という統計があって、グラフにするときれいな直線が書けたりする(もちろん例外も多々あるが)らしいんだけど、これがもしスタンフォード卒だったら利益と正比例するんだろうなと思う。
「ザ・グレート・ギャツビー」フランシス・スコット・フィッツジェラルド
名作。
英語で読もうとしたけど難しくて、結局断念して日本語で読んで、また英語で読み直したくなった。
主人公が引っ越してきた先で、隣に毎日色んな人が来てパーティーをしてるんだけど、ある日誘われて行ってみたら主催してるのはギャツビーという男で、という話。
そのギャツビーという男がなんでそんな派手なことをしているのかというと、そこには5年がかりの深い理由があって・・・という話。
ギャツビーの不思議な魅力は今でも心をとらえてやまない。
「孤独と不安のレッスン」鴻上尚史
なんとなくの不安に潰れそうになってる人とか、孤独を抱える人におすすめ。きっと強く生きていける。最後の方に、種田山頭火の俳句があるんだけど、それだけでも読む価値がある。
ではおやすみ。
久しぶりに風邪で寝込んだ。
38度の熱とか久しぶりに出した気がする。
競技用のボート乗ったり、筋トレとか水泳とかやりまくって結構無茶苦茶な鍛え方をしてたから免疫が弱ってたのだろうか。
それにしても、無力なのは医学である。
世の中、なかなか治らない病気が多いが、風邪一つ治すことに成功していない。
38度の熱とか久しぶりに出した気がする。
競技用のボート乗ったり、筋トレとか水泳とかやりまくって結構無茶苦茶な鍛え方をしてたから免疫が弱ってたのだろうか。
それにしても、無力なのは医学である。
世の中、なかなか治らない病気が多いが、風邪一つ治すことに成功していない。
雨が降るのか降らないのか分からないけど、とにかく怪しい雲行きの日曜日の午後だった。
学園祭をぶらついていたら、たまたま向こうからゼミや劇団で一緒だった男が歩いてきた。
学部が違うのでほとんど会うこともなかったので、随分久しぶりだった。
彼はもうすこし身長の低い、眼鏡をかけた男と一緒だったようだが、僕を見つけると歩いてきて、ちょっと学園祭見てこうぜ、と言った。
その後バイトがあったので長居は出来なかったが、ふたりで学校の外のラーメン屋に遅めの昼食を食べに行った。
「就職とかどうすんの?」
「政治家になるよ、最終的には。でも、秘書になる前に就職はすると思う」
といって、彼は某有名なコンサルの名前を挙げた。
彼は不思議なことに、才能の割りに目立ちはしないもののとにかく優秀な人間だし、英語も喋れるからうまくいくに違いない。
「お前はなんになるん?」ラーメンを食べながら尋ねられた。
「現場を知らないとなんともいえないけど、脳外科になりたいと思ってる。で臨床留学をしようと思ってるんだけど、アメリカで脳外科になるのは死ぬほど優秀じゃないと無理だし、どうしようか、って感じかな」
「大丈夫さ。だってお前、この大学の医学部だろ。それに」
「それに?」
「あのゼミの一員だから」
僕らはそんな話をして、共通の知り合いがネットで知り合った女の子と付き合ってる話をして、二人で丸の内線に乗った。
「じゃあ、また昼飯食いに行こうぜ」といって彼は家に帰り、僕は塾へアルバイトしに行った。
久しぶりに遭遇すると、ちょっと元気が出る。
学園祭をぶらついていたら、たまたま向こうからゼミや劇団で一緒だった男が歩いてきた。
学部が違うのでほとんど会うこともなかったので、随分久しぶりだった。
彼はもうすこし身長の低い、眼鏡をかけた男と一緒だったようだが、僕を見つけると歩いてきて、ちょっと学園祭見てこうぜ、と言った。
その後バイトがあったので長居は出来なかったが、ふたりで学校の外のラーメン屋に遅めの昼食を食べに行った。
「就職とかどうすんの?」
「政治家になるよ、最終的には。でも、秘書になる前に就職はすると思う」
といって、彼は某有名なコンサルの名前を挙げた。
彼は不思議なことに、才能の割りに目立ちはしないもののとにかく優秀な人間だし、英語も喋れるからうまくいくに違いない。
「お前はなんになるん?」ラーメンを食べながら尋ねられた。
「現場を知らないとなんともいえないけど、脳外科になりたいと思ってる。で臨床留学をしようと思ってるんだけど、アメリカで脳外科になるのは死ぬほど優秀じゃないと無理だし、どうしようか、って感じかな」
「大丈夫さ。だってお前、この大学の医学部だろ。それに」
「それに?」
「あのゼミの一員だから」
僕らはそんな話をして、共通の知り合いがネットで知り合った女の子と付き合ってる話をして、二人で丸の内線に乗った。
「じゃあ、また昼飯食いに行こうぜ」といって彼は家に帰り、僕は塾へアルバイトしに行った。
久しぶりに遭遇すると、ちょっと元気が出る。
この前、実習班のひとりが誕生日だったため、班でひっそりとサプライズしました。
とは言っても、実習中こっそりケーキを買ってきただけだけど。
そもそも誕生日だって知ったのが当日の朝で、それから「どうしよう?」と考え始めて、普通に祝おうという流れだったんだけど、学校の周りのケーキ屋がどこにあるか分からなくて、ひたすら探し回った。
普段、洋菓子屋を探すことはほとんどないけど、いざ探してみようとしても中々見つからないものですね。
結局、買いに行くだけで40~50分かかってしまった。
ケーキは実習後、本館前の広場で班員全員で美味しく頂きました。
ヒーローインタビュー
「今日、一人で家でひっそりとケーキを食べる予定だったよ」
とは言っても、実習中こっそりケーキを買ってきただけだけど。
そもそも誕生日だって知ったのが当日の朝で、それから「どうしよう?」と考え始めて、普通に祝おうという流れだったんだけど、学校の周りのケーキ屋がどこにあるか分からなくて、ひたすら探し回った。
普段、洋菓子屋を探すことはほとんどないけど、いざ探してみようとしても中々見つからないものですね。
結局、買いに行くだけで40~50分かかってしまった。
ケーキは実習後、本館前の広場で班員全員で美味しく頂きました。
ヒーローインタビュー
「今日、一人で家でひっそりとケーキを食べる予定だったよ」
5月の桜が散りゆくアリア
2010年5月18日 読書 コメント (2)最近、急に暑くなりましたね。
春をすっ飛ばして夏になったみたいに。
地味に異常気象だと思うんだけど、慣れてしまえば別に何の感慨もなくなってしまうのが怖いような、便利なような。
今日はバイトが急に休みになったので、渋谷で友達とぶらぶらして、ついでにバッハのゴルドベルク変奏曲のCDを買ってしまいました。
個人的に、最初と最後のアリアがお気に入り。
そういえば、3年になってからバイトが増え、授業が増え、将来のための勉強に使う時間が増え・・・と生活が変わって、今日みたいにだらだら過ごす日があんまりなくなっていたことに気付いた。
まわりの友達が社会人になったらそういう時間は今よりも減って、自分が医者になったら決定的になくなるんだろうなぁ・・・
と思うと、ちょっと寂しいです。
でも。
そうやって時間が過ぎていくのは、春から夏に季節が変わるみたいに、ごく自然なことなのかもしれない。
小学校の頃の友達が内定、結婚、といった節目を迎えている中、5月の太陽が沈んでいく赤い空を眺めながら、そんなことを考えた。
春をすっ飛ばして夏になったみたいに。
地味に異常気象だと思うんだけど、慣れてしまえば別に何の感慨もなくなってしまうのが怖いような、便利なような。
今日はバイトが急に休みになったので、渋谷で友達とぶらぶらして、ついでにバッハのゴルドベルク変奏曲のCDを買ってしまいました。
個人的に、最初と最後のアリアがお気に入り。
そういえば、3年になってからバイトが増え、授業が増え、将来のための勉強に使う時間が増え・・・と生活が変わって、今日みたいにだらだら過ごす日があんまりなくなっていたことに気付いた。
まわりの友達が社会人になったらそういう時間は今よりも減って、自分が医者になったら決定的になくなるんだろうなぁ・・・
と思うと、ちょっと寂しいです。
でも。
そうやって時間が過ぎていくのは、春から夏に季節が変わるみたいに、ごく自然なことなのかもしれない。
小学校の頃の友達が内定、結婚、といった節目を迎えている中、5月の太陽が沈んでいく赤い空を眺めながら、そんなことを考えた。
5歳ぐらいの時に引っ越して、中学生の頃にまた引っ越して現在もまだそこにいるんだけど、自分が小中学生の時に住んでいた街に行ってきた。
じつは中学校、高校がそこにあったから、引っ越しても毎日行ってたことには変わりがなくて、名実ともに自分の地元である。
昨日は晴れていたので、駅のある丘の上から横浜のランドマークタワーが見えた。
野外の競技場のベンチに座って、解剖の暗記をしていると、隣のベンチでは昼間から酔っ払った外国人の方が過去の話をしていた。
時々、高校から聴こえるチャイムがとにかく懐かしい。
途中で10年来の親友と合流して、携帯を買うのを手伝い、教育とかに関する話をしながらラーメン屋に行く。
学生街だからか、ラーメン屋は何軒もあるので、どこに行こうか迷ってしまう。
街の裏側が一望できるポイントで生活感あふれる夜景を眺めていたら、一週間の疲れがとれたような気がした。
じつは中学校、高校がそこにあったから、引っ越しても毎日行ってたことには変わりがなくて、名実ともに自分の地元である。
昨日は晴れていたので、駅のある丘の上から横浜のランドマークタワーが見えた。
野外の競技場のベンチに座って、解剖の暗記をしていると、隣のベンチでは昼間から酔っ払った外国人の方が過去の話をしていた。
時々、高校から聴こえるチャイムがとにかく懐かしい。
途中で10年来の親友と合流して、携帯を買うのを手伝い、教育とかに関する話をしながらラーメン屋に行く。
学生街だからか、ラーメン屋は何軒もあるので、どこに行こうか迷ってしまう。
街の裏側が一望できるポイントで生活感あふれる夜景を眺めていたら、一週間の疲れがとれたような気がした。